2008年10月27日月曜日

宝をみたら欲しくなる??(正倉院展レポ2)

正倉院御物のはじまりは、
光明皇后聖武天皇愛用の品々を
東大寺の大仏さんにささげたのが始まりです。


その後、大仏開眼などの儀式での仏具なども
10世紀中頃に正倉に移されて、
これらを一括して「正倉院御物」と呼んでいます。



















今は宮内庁正倉院事務所というところが
保存の役目を担っていますが、
明治時代までは東大寺薬師院(やくしいん)という
組織がその役割を果たしたと言われています。

江戸時代には4回、正倉院を開封し
宝物の点検をしたという記録が残っています。
天保4年(1833年)の開封の絵図には、
300以上の人が描かれ、
全部にその役割が書き込まれています。




時の権力者は正倉院御物にも
興味津々であったようで、
その象徴といわれるのが
「黄熟香(おうじゅくこう)」

別名「蘭奢侍(らんじゃたい)」
東大寺という三文字が隠されている雅名です。
わかりますか?「大」は者の上にありますね。

















室町時代の1465年に足利義政
1574年には織田信長が切り取り、
明治天皇も1877年に残る「黄熟香」には、
 それを示す白い紙が貼られています。
ただ調査によると原木には
50か所以上の
切り取り跡があるということです。

やっぱり見たら
 欲しくなったんでしょうね。
わからないでもありませんが。

古くは奈良時代には戦いのため、
刀や弓などの武器などが取り出されましたし、
大仏殿は平氏の南都焼討の憂き目にあいました。


















紫檀木画双六局
(したんもくがのすごろくきょく)


実はこの正倉院御物って、
宮内庁の管理下にあるので重要文化財にも国宝にも
   指定されてはいないのです。

ある意味、天皇家の持ち物っていう
    意味合いを残しています。


「正倉院展」が見られるイマ。
ホンマに平和なんやなーとしみじみと。
 (・ω・)v(・ω・)v



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