2008年10月29日水曜日

「秋風や囲いも無しに興福寺」






















正岡子規が詠んだ句
「秋風や囲いも無しに興福寺」



興福寺
には塀がありません。

たびたびブログに書きましたので、
想像がつくかも知れませんが、
南都六宗の一つの
興福寺は藤原氏の氏寺であり、
古代から中世にかけて強大な勢力を誇りました。
どこまでが境内なのか分からないくらいの
    広大な敷地を誇っていたので、
東大寺と違って「○○門」ってのもありません。




いわゆる荘園の広がりは、

この春につながる阪神電車の地域まで及んでいたようです。

東大寺
は室町時代の終わりごろまで

阪神尼崎駅の北側に位置する地域に、
756年に寄進を受けた荘園「猪名荘(いなのしょう)」を

 持っていたようですし、
興福寺
の荘園も尼崎の地にあった記録が残っています。




1300年の時を超えて、
奈良と阪神地域との交流が
始まるのかもしれません。





←阪神なんば線のサイトへ







話を興福寺に戻します。
奈良のシンボル的存在の
「五重塔」の初層
「南円堂」の内陣の公開は、
「北円堂」より少し長く、
 11月24日まで続けられます。


虎次郎はこちらの特別公開も見て来ました。
「南円堂」は西国三十三箇所の九番札所で、
信仰をあつめており、いわゆるている白衣(びゃくえ)や

朱印帖に御朱印を求める人が絶えません。































木造不空羂索観音坐像
は、
  (ふくうけんじゃくかんのんざそう)
  運慶の父である 康慶一門 の作として知られています。
手に持つ羂索(網)は、 願いを決して空しいものにしない
誓願を持つと言われています。
堂内でその羂索を持ってみました。
いわゆる雲の糸ってことになるのかも知れませんね。


虎次郎の願いは
「楽しんで元気に過ごせますように」でした。






不空羂索観音坐像
を中心に、
四方にその子・
運慶の作ともいわれる

四天王立像
安置される内陣は、



まさに国宝・重文の
 宝石箱でした!!












←ランキングにポチットな(・ω・)v