2010年8月9日月曜日

ナゴヤの洋館をたずねて 橦木館















「文化のみち 橦木館」は、
陶磁器商として活躍した井元為三郎が、
大正末期から昭和初期に建てた
当時の様子をよく伝える邸宅です。

ところで「
橦木(しゅもく)」という地名。
徳川家康が名古屋城築城の折りに、
防衛上T字状にしたことから「撞木町」に。
ただ戦後役所 の人が間違えて
「木へん」を使ってしまったようです。
「かねたたき」は「鐘木」とも書きますね。


















約600坪に区画割りされた江戸時代の
武家屋敷町がベースとなっていて
大きく区割りされた敷地に、
和館、洋館、東西二棟の蔵、
そして茶室、庭園。

さすがに個人邸宅が醸し出す
文化の薫りを、
今の世の中は許さないムードがあります。

「邸宅」が時代とともに消えて行き、

当主が世を去るとまもなく廃墟となっていく。
実は「文化のみち」のあちこちで
「管理地」という看板が目立ちました。


幸いにも「橦木館」は5組のオーナーが、
文化的なイベントを開催するなどして、
「風が抜ける時間」を持つことができたようです。
2004年から市民団体が管理、
その後1997年に名古屋市が取得し、
昨年2009年7月にオープンしたそうです。
















玄関ポーチを見上げると星型の照明です。
まさにデザインの卓越性がみてとれます。















橦木館に残されるステンドグラスは、
為三郎さんのビジネスサロンであった証。

実は、蔵の中から
橦木館を管理運営するNPOメンバーが
2007年10月に
偶然発見したものなんだそうで、
11枚がベニヤ板で丁寧に包まれていたとか。

「戦時中に洋館から戦災を逃れるために

 外されたのではと、言われていますが
 この家の元の持ち主も
 知らなかったそうである。」

東区を歩こう!「橦木館のステンドグラス」より









洋館1階南側の部屋は応接室、
北側の部屋はかつては食堂で、
リニューアル後はレストラン
「カフェ・ラ・リーシュ」になってます。

ムクドリのつがいが対称形に配置されたもの、
橦木館のメインともなるステンドグラスです。










階段脇の化粧室入り口上部アーチにあるのが
イチョウの木の枝にとまるつがいの青い鳥
この色づかいと意匠が
「アールデコ」
っていうのか。















玄関ホールも「橦木倶楽部」として
オープンしていた頃はこんな感じ。













華やかな橦木館として甦った今の姿。
おそらく70年ぶりの面構えかも?

















2階にあるサンルールの床は、
網代模様のタイル貼りで、
腰壁にはスクラッチタイルが貼られています。
南面には観音開きの窓が設けられ、
明るく開放感に溢れていました。

















台所には「かまど」
奥に
舶来製の冷蔵庫に見える。
でもこの「かまど」実はガス釜。
















大邸宅が立ち並んでいたこの地域は、
もともと陶磁器の生産地であったようで、
街道にも水運にも恵まれていたことから、
明治半ばごろには、
陶磁器の絵付け・加工業者などが
    集まっていたようです。

1897年に24歳で独立した彼は、
現在の 井元産業 株式会社の
前身となる「井元商店」をこの近くの
飯田町にかまえます。

















大正に入ると「井元商店」は、
シンガポールやビルマにも進出して、
陶磁器以外に医薬品や雑貨も扱う
国際商社としても知られるようにもなります。














「幸福は我が心にあり」
   為三郎の処世訓。
自分の力で好きなことを存分に
豪放磊落(ごうほうらいらく)は、
パブリックな存在として受け継がれていました。