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TAROの塔 来週からスタート・・・

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『TAROの塔』 の完成試写会が 2月17日(木)に行われたとか。 いよいよ第1回は来週の土曜日に迫る。 岡本太郎を演じるのは 松尾スズキ さん。 「いい意味でポップじゃない、  ゴツゴツした手触りで  見終わった後にグッとくる。  太郎さんも  『芸術はきれいであってはいけない、   心地よくあっては いけない』         と言っていたが、  その通りのドラマになった」 と・・・ 常盤貴子 さんは岡本敏子さんを演じる。 「私の最後のセリフに『何だ、これは』って  ぼう然とするシーンがあるんですが、  まさに今そんな気持ち。  初めて目にするような、  事件のようなドラマになると思う」 と・・・・ 『何だ、これは』ってオドロキ、    今から楽しみである。。 2月26日(土)スタート 全4回 【NHK総合】毎週土曜日 午後9時から9時53分

みんなの夢をひとつに

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明日からオープン戦が始まります。 虎次郎の虎支度も万全でありまして、 いよいよ3月25日には開幕です。 Wユーちゃんの ファイターズ 、 コリアンパワー充填の バファローズ 、 そして岩村&松井稼頭央の元大リーガーを 大補強した イーグルス と・・・ 話題はパ・リーグが席巻していますね。 京セラドームの3月29日からの 中日戦を手始めに虎次郎観戦もスタートです。 術中にハマった DLオリジナルグッズ を貰いに。 TARAI さん 笑かしとんのか?? ちなみに今年の観戦予定は 「虎次郎観戦記録」 の2011観戦予定を。

TARO100《無籍動物》

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1960年に開業した 「戸倉上山田ヘルスセンター」という 巨大なレジャー施設にあった巨大彫刻が、  《動物》 という不思議な生き物。 「大人も子供も遊ぶときはみな同じ、            無邪気なものを」      というのが太郎さんのイメージ。 高さ4メートル、幅5メートル近くあった コンクリートの怪物は犬とも猪とも?? 当時は 《無籍動物》 と  名付けられていたようです。 擬人化されたような風貌には   目には大きな穴が・・・ どこかでみたような造形だと思っていたら、 土偶とかに見られる 「目のカタチ」と似通っているようにも。  縄文後期、宮城県出土、動物形土製品 太郎さんは本来あるべき目を抜くことで 表情や感情というちょうこくの持つ意味を消し、 視点を自由にさせることで観る者の創造力を 無限に広げさせようとしたのかも知れません。 完成当時は子供たちが彫刻の背中によじ上り、 目をくぐり抜けて遊んでいたといいます。 顔の裏側から 《動物》 の視点で覗くことができた・・・ 太郎さんの仕掛けが ここにあったと言われています。 現在は 「戸倉メリーランド白鳥園」 って 施設になっていて、 開園当時に置かれた 小型の《動物》 が健在です。

TARO100 《野沢の乙女》

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大阪市内の道路のそこかしこ、 雪を抱いたまま朝を迎えそうだ。 5センチそこそこの積雪で 右往左往する大都市のニュース。 雪道の運転には くれぐれも気をつけたいもの。 かく言う 虎次郎 も一昔前まで、 スキー場へマイカーをたびたび走らせた。 大豪雪で38時間もかかって信州から 戻ってきたこともあれば、 スリップ事故でJAFに お世話になったこともある・・・ たびたび通ったスキー場 「野沢温泉」 にも、 岡本太郎さんの モニュメントがあるらしい。 街にあふれる 「湯」 という字、 TAROっぽいなあ〜 としか、 当時は思っていなかったのだが。 1991年に 野沢温泉村 の 初めての名誉村民になってはるし、 太郎さんはとっても 野沢温泉とゆかりが深かったようだ。 野沢温泉村役場前の 村民憩いの広場にあるのが、 《野沢の乙女》 。 岡本太郎さんと 日本のスキーが 誕生したのは 同じ1911年で、 今年が同いの 「100歳」 。 現在の新潟県上越市で オーストリアの レルヒ少佐 が 日本に初めてスキーを伝えたのが 1911年1月12日 のこと。。 ホント・・・・ 岡本太郎さんはスキーと関わりが深い。 当時流行の 白いスキー板と白いウェアに対抗して、 黒地にオレンジ色の もみの木のようなデザインの カラフルなスキー板を作ったことがある。 その名も 「カザマ・スペシャルコンビネーション」 。 41歳ではじめた太郎さんの滑りは、 まさに鋭角の滑り・・・・ 『岡本太郎の  挑戦するスキー』    (講談社、絶版) 50歳の時はスキーで “骨折” ってのも経験してはるのだが、 でもそこは太郎さんだから、 ギプスをはめられた足に着想を得て、 彫刻 《あし》 ってのを誕生させる。 サスガだ。。。。 野沢温泉の日影ゲレンデってとこにある 「シュナイダー記念碑」 っての、 なんとなく覚えてる。。。 そこにもスキーの大好きな 太郎さんのシュプール が見られる。 虎次郎もシュプールを 描きたくなった(・ω・)v 来年あたりリバイバルするか?

天満の「カリ」

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JRの 天満駅からわずか30秒のとこにある ウマいカリーの 「 梨花食堂」 ・・・ 2006年4月に誕生したのだが、 天満本店 はいつも行列ができてた。 午後2時頃に通りがかったので、 タイミングよく待ち時間ゼロ。 でもほどなく満員となった。 虎次郎が食べたのは 「 豚トロステーキカレー 」 。 豚トロ が美味すぎます(・ω・)v これに たっぷりのサラダ がつく。。 大盛りも無料だけどこれは普通盛り。 ベースのカレーは 牛肉と 鶏で、 特に鳥は足の部分のコラーゲンたっぷりの 「モミジ」 ってとこが使われてる。 辛すぎず甘すぎず・・・好みの味。 次は 野菜カリー にしようかと思う。 さわやかな香りを持ち控えめでありながら 多くの人々に愛される梨花のように と・・ 梨花「りか」は 「カリ」の逆さってことだとか。

大阪天満宮の梅たち

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大阪天満宮で行われている 「てんま天神梅まつり 大盆梅展」  をのぞいてきました。 社殿前の紅梅は ほぼ満開でした。 会場は百畳敷きの 「参集殿」 ってとこ。 関西最大規模の大盆梅展って ふれこみが大阪らしいですが。。。 50鉢以上から見ごろのものが 展示されているそうです。 「大阪市の北区をグルグル巡るブログ」       によると・・・ 実は去年まで 拝殿にも紅白のリッパな盆梅が     飾れていたそうです。 紅梅の「あけぼの」が樹齢約180年、 白梅が「唐衣」で樹齢200年。 実は昨年天寿を全うしたのだそうです。 ※さらば、天満宮の名盆梅「あけぼの」と「唐衣」                     より 「天神祭お迎え人形」 も梅を愛でてる。 これは 「雀踊」 というお人形で、 新たに大阪府指定文化財の指定を受けた一体。 欄間には梅にまつわる引札も。 そう、ジオラマみたいな盆梅もありました。 境内の梅もちらほら咲きでしたが、 いい匂いが漂ってました。 「美しや紅の色なる梅の花  あこが顔にもつけたくぞある 」    菅原道真 が5歳で詠んだ歌。 11歳でこんな漢詩を残しているそうです。 「 月耀如晴雪  梅花似照星  可燐金鏡轉  庭上玉房馨 」 「 月の輝きは晴れたる雪の如し  梅の花は照れる星に似たり  憐れむべし金鏡転じ  庭上に玉房香れるを 」 この週末は梅三昧の虎次郎でした。。 2月28日まで 9:30〜16:00  20日と27日は  17:00まで

ゴーザスな一品を再び!

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こないだ久々に 地元のなじみの店に行きました。 地下鉄都島駅からほどなくのとこに 「オーガニック 創作ダイニング サン」     ってお店・・・ 天井にはフレスコ画が描かれます・・・ オリーブオイルとガーリックが効いてる 本物イタリアン を出す老舗でもあります。 「色々チーズのクアトロ ピッツァ」  ホンモノのチーズの味が楽しめる! 「魚介類たっぷりのシーフード ピッツァ」 ホタテ、エビ、イカ、ムール貝がどれも新鮮! そして 虎次郎が大のお気に入り なのが、 コレ!!「ゴーザスアントニオ」 焼かれたビーフピラフに ドミグラスソースが乗っかる濃厚な味。 「ビストロ・ザ・サン」 という 店名だったころの定番メニューで。 オールナイト営業の走りで、 まさに「夜中に食べれる洋食屋」 。 虎次郎 は高校生の頃に「夜警」の バイトってのをしたことがありました。 工事現場の足場に不審者がいないかを クルマの中でじっと見てるっていう役目。 でも、オーナーさんがチョクチョク 覗いてくれて連れ出してくれる。。 その時にご馳走になってたのがコレ。 「ラーメン」やら「お好み焼き」やら、 とにかく濃厚なモノが毎晩のように。 オカゲでとってもゴーザスな 下っ腹を抱えることに(爆) もう一つの定番メニューが 「車海老の不思議なグラタン」 昔は 「プチフール」 ってメニュー。 パンがグラタンの容器になってます。  大阪市都島区都島本通  TEL 06-4253-1011  現在はオールナイトではアリマセン

大阪城の梅は「ちらほら」

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EXPO CAFEのある天満橋から 大阪城へテクテクと・・・ 「ちらほら」咲きの梅 を愛でようかと。 梅園に近づくと ミゾレ混じりの雨が。。。 デジカメのバッテリーも充電不十分・・ また仕切りなおしますか・・

ひさびさの EXPO CAFE

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久々に EXPO CAFE に行ってきますた。 西川ヒトシさんの 「太陽の塔写真 展」 ・・・ なかなかええカンジでした。 秋にやってた ユカリ・デ・モード さんの 『EXPO'70 GIRLS  UNIFORM COLLECTION』 の 絵ハガキをフルコンプでゲット・・・ とてもセレクトできずに全部買いです。 太陽の塔 とか。。 日立グループ パビリオン とか ガスパビリオン も なかなかええカンジ。 ランチは 「ハンバーグステーキ」 ・・ 今日もバリうまでしたよ。

TARO100《雪の女神》

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今日は大阪の 平野部 でも 雪が積もっています。 今週末まで北の大地は、 「さっぽろの雪まつり」 で  にぎわっていますね。 1979年に30回を迎えたイベントは、 岡本太郎さんにバッジ、メダルの デザインを依頼したそうです。 そして雪像 《雪の女神》 「札幌の雪まつりには前々から関心をもち、  一度はぼくの作品を  いかす機会がないかと思っていた。  たまたま数年前、テレビでみていたら  雪まつりでぼくの太陽の女神の  モチーフで作られた雪像が、  自衛隊の戦車で壊され、  女神の顔がごろんと  転がるシーンを目にしたとき、  思わず涙が出た。  芸術家にとって自分の作品は  子供と同じにかわいいし、大事なものだ。  わずか5日間でこわさ れるのは  寂しくてやりきれない。  終了後その雪像を銅像で  復元してくれるのならやり甲斐がある」     と・・・ 実際はデザインの銅像は実現せず。 もし実現していればな〜と思いますが。 「素材は雪、  私のデザインがどう変わってもいい。  それよりもみんなが子供の心にかえって  騒げる雪まつりはすばらしい。  世界のまつりだ。」

TARO100《太陽の神話》

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樹と鳥の夜の二分する「太陽くん」? オレンジと黄色の光を放つ モザイク画  《太陽の神話》 。 東京駅の八重洲口にそびえる グラントウキョウノースタワーの その18階にあるとか。 戦後の都市復興をめざす建築家や 新たなイメージ戦略を 仕掛けていた企業家たちも、 太郎のエネルギー漲った 斬新なものに惹かれたようです。 「かつて優れた美術品といえば  極めて稀であり、  だからこそ尊いと考えられた。  従って少数特権者の専有物であったのだが、  今日の芸術の形式は  シネマ、ラジオ、テレビジョンに  見られる如く、極めて大量に生産され、  ひろく一般の身近にふれる。  絵画も技術的に大衆との結びつきを  考えていかねばならない。」 1952年に太郎が述べたコトバ。 ほ〜んとそうなってますね。 オリジナルにのみ価値が 認められた絵画作品が、 工業的に量産され、 形を変え数を増やして、 私たちの身近な“アート”に、 そして 都市空間の風景に・・・ 《太陽の神話》  サイズ: 縦180cm、横240cm  モザイクタイル  大和証券グループ本社   東京都千代田区丸の内1-9-1    グラントウキョウノースタワー18階

TARO100《創生》

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こないだ紹介した 岡本太郎さんの 《ダンス》 。 髙島屋 大阪店の グランドオープンの日が決まりました。 3月3日 (木)にレストランゾーンの 「なんばダイニングメゾン」 の 7 階エントランスロビーに登場します。 パブリックアート として蘇るのは、 喜ばしいことです。 髙島屋史料館 が所蔵していた美術品の 展示スペースも設けられるそうで、 その名も 「髙島屋史料館ウインドー」 。 月ごとに作家や企画で展示替えされる予定。 その1回目は「岡本太郎」で、 日本橋髙島屋の地下通路を飾っていた 《創生》 の原画のお目見えです。 《創生》 は銀座の焼け跡にに残ったイメージを まさに一新させるとの願いを込めた作品。 地下通路のリニューアルを手がけたのは、 パリ万国博の日本館を設計した 坂倉準三さん 。 あの岡本太郎記念館となった太郎のアトリエも 坂倉の手によるもので親交が深かったようです。 坂倉がデザインした30mの長い地下通路、 白と黒の大理石を使った床には 流水の曲線が描かれていたそうです。 壁は片側が鏡張りでもう一方が 赤、黒、白、黄のストライプ模様の モザイクタイル貼りの壁画。 坂崎のデザインにあえて対峙していたのが、 太郎の 《創生》 のモザイク画だったようです。 「壁画の中央には、  生まれた時の無邪気な明るさを  ねらったといわれる  人と樹の融合体である樹人が  伸びやかに枝を広げる姿が描かれ、  その左右にはコミカルな表情をした  恐竜と雲の親子が画面に  大きなムーブメントを創りだしています。」    TARO100祭 「街のなかの太郎」 より 壁画は現存していませんが、 公衆に明るさをもたらす そんな存在でありました。 3月3日から新たに設けられる ギャラリー「NEXT」 にも、 エイブルアート作家の 山野将志 さんの 《バオバブの樹》 が展示されます。 もしかすると?平成の世に創生された “ 樹人 ” なのかもしれません。 《バオバブの樹》山野将志 オ...