投稿

サッポロの旅 支笏湖をたずねて

イメージ
せっかくの北海道なので自然も満喫ということで、 ちょっと足を伸ばして、、、 水質日本一の最も冷たい不凍湖 「支笏湖」に行ってきました。 (実際には2001年には  結氷したことがあるそうですが・・・) 支笏湖はアイヌ語の 「シ・コッ」 がルーツです。 大きな窪地という意味ですが、 現在の支笏湖や支笏カルデラのことではなく、 この湖を水源とする千歳川の開削した 深い谷のことなんだそうです。 千歳川の旧名も実は 「シコツ川」 だったそうです。 松前藩の頃は 「志古津」 (シコツ)という 漢字があてていたようです。 アイヌ語の地名表記は当初は 一音一字だったようですが、 いつしか 「志骨」 とか 「支骨」 になっていたようで、 たださすがに「シコツ」だと「死骨」の連想は 避けられないということで、 1805年に思いっきり縁起の良い 「 千歳 (ちとせ)」と名付けられたようです。 樽前山 や 恵庭岳 、 風不死岳 といった 高い山々が取り囲んでいるカルデラ湖。 最大水深360mは、 秋田県の田沢湖に次いで日本で2番目。 この 「巨大な水がめ」 の湖底は、 海面より約115m下という 深い位置にあるのだそうです。 コバルトブルーの湖を堪能するため 水深2mに窓がある「水中遊覧船」に乗船。 いきなり水族館のように魚たちがワンサカいてました。 6月から8月にかけて解禁される 「チップ」 こと ヒメマスなんかも泳いでいました。 アイヌ語では「平たい魚」という意味の 「カパチェップ」と呼ばれています。 桟橋から離れるといわゆる 「おちこみ」 があり、 水中は マリンブルー一色 に。   左が 「樽前山」 右に 「風不死岳」   観光船のもうひとつの見どころが 「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」 マグマが急激に冷やされ収縮した際にできた 割れ目が見られます。 古代遺跡のような趣があります。 溶岩が水中に流れ込んだケースは とても珍しいらしく。 実際に気軽に鑑賞できるようになったのは、 まさに水中観光船のお蔭 です。 やっぱ支笏湖って不思議スポットなんだと実感。 そういえばこんなのがいましたよ。 その名もアイヌ語のヒメマス ご当地キャラ 「チッピーさん」 ?? そのままやし。。。 「千歳市ポロピナイ出身。一流お魚大学を卒業後に、  5つのお魚レストランに勤務。その後地元千歳市に。  現在...

サッポロの旅 サッポロの赤煉瓦

イメージ
サッポロの旅。 スキーでガンガン行ってた時は、 ワンナイトプラスでまさにサッポロは酒宴の地。 ホント観光スポットに 立ち寄ったことがを ありませんでした。 虎次郎の大好きなレンガ造りの建物たち、 ほんとはもっと駆け巡りたかったのですが、 でもデーゲーム観戦だと、 やっぱり昼の時間が限られたのですが。。。 美味しいとこをスポット的に駆け巡りました。 「赤れんが」 の愛称で親しまれている 「北海道庁旧本庁舎」 は、 日本人が設計した本格的な洋風建築の パイオニア的な存在です。 アメリカ風 ネオ・バロック洋式 で、 レンガの総数は約250万個。 天然スレート葺きの大きな屋根、 中央にそびえる 八角形の塔は、 建設当初はあったものは 明治29年に 撤去されていたそうです。 北海道開拓100年の 1968年に ようやく創建当時の 塔が復元されました。 ちなみに ネオ・バロック洋式 とは、 バロック洋式(ドームや柱) と ルネッサンス洋式(規則正しく並ぶ窓) の 特長を併せ持つ建築様式のことだそうです。 シンプルななかにもテラスなどの金具には、 装飾的な要素が見られました。 ここにも北海道のシンボルの 「星」がありました。 北海道では、1869年から1982年までの 13年間を「開拓使時代」と呼ばれています。 1869年は明治2年にあたり 「北海道」と「開拓使」が誕生した年。 この年5月、函館の五稜郭戦争が終結し、 7月には、長い間 「蝦夷地」 と呼ばれていた この北の島が、 「北海道」 と改称され、 翌8月、開拓使が設置されたのがこの 「サッポロの赤煉瓦」 です。

サッポロの旅 時計大臣とテレビ父さん

イメージ
ライラックの彩り が加わった 「札幌時計台」 土佐の「はりまや橋」と並んで、 がっかり名所って呼ばれるけど。 北海道の時を支えた存在は今でも 道民にも愛されています。 近頃はなんでも 「ゆるキャラ」に仕立てあげられる。 テレビ父さんの大先輩であり、 よき友人っていう設定。 イラストレーター「亀」が生み出された。 テレビ父さん のほうが先に登場していたが、 最近出てきたのが 「時計大臣」 。 こっちの方が明治・大正・昭和を生き抜いた。 アナログとデジタルでどちらも時を刻んでいます。 時計台の正式名称は「旧札幌農学校演武場」。 1878年に札幌農学校の演武場として建設。 農学校生徒の兵式訓練や心身を鍛える 体育の授業に使う目的で建設されたので 「演武場」 。 正面にある文字は岩倉具視の揮毫です。 当時アメリカ中・西部で流行した 「バルーンフレーム」 と呼ばれる 木造建築様式をモデルとしているそうです。 動力におもりを利用した機械式塔時計台です。 実は時計台にはもうひとつキャラがあって、 その名も 「とっけ」 。 札幌時計台の中に住んでいる生き物って設定。 夢は「将来は広い丘に引っ越したい。」 。 ビルに囲まれた時計台とともにテレビ塔も、 北の大都会の一風景になっていました。

サッポロの旅 羊との交わり方

イメージ
ビールとジンギスカン。。。 ちょっと交わりすぎてしまったようだ。 「大志を抱け」とクラークさんが指し示したのは、 ビール園と信じて疑わなかった虎次郎。 サッポロの満腹レポはこれでお終い。 「羊とは交われませんが大丈夫ですか?」 羊ヶ丘展望台 に入るゲートでたずねられた。 家畜とのふれ合いが難しくなっている昨今。 羊さんのお家にも 「羊は、伝染する病気がはやっているため、  別な場所に移動しました。  しばらくの間、会えませんので、  ご了承ください。」 って張り紙があった。 タクシーの運転手さんが 「羊を見ながら  羊食べるのってなんだかなぁと思います。  でもここのはオーストラリア産とか。  国産のはブランド化してるらしいので。」             って教えてくれた。 二日目の昼食は、 定番すぎるサッポロビール園で 「マ~トン」いや「マトン」を食べた。 「隣の工場で今できたばかりの  爽快な生ビールをどうぞ!」 「テレビ塔から5分」 「生ビール飲み放題・  ジンギスカン食べ放題で1000円」 の キャッチフレーズで始まったのが1966年。 ジンギスカン鍋料理の試食会が札幌市で 行われてたのが1936年。 ただ意外にもジ ンギスカン専門店の 元祖は東京なんだそうだが。 でも、 「サッポロに来たらジンギスカン」 ってのは、 ビール園開園が起爆剤となったことは まちがいのない歴史の事実のようだ。 実は羊肉は牛とか豚のように宗教的に 食べることが禁じられていないそうで、 フランス料理でも羊肉は高級な食材のひとつ。 ただジンギスカンという料理名は日本独自のもので、 中国料理「 コウヤンロウ(鍋羊肉) 」 がルーツだとか。 味のついていない羊肉を焼いてタレにつけて食べるか、 あらかじめタレに つけ込んだ羊肉を焼くのか。 道内では地域によって差がはっきりしていて、 札幌から道南は後付け、 札幌以北および東は味付けが主流だそうだ。 室内で食べると一昔のモクモクは影を潜め、 IH の平たい鉄板で焼く。 「北海道のカタチ」をした鉄板の方が 盛り上がったかもしれないが。。。。 「ライラック」というゾーンでの 昼の食べ放題は60分。 醤油味付け、塩味付け、つけ込みの 三種類のジンギスカンに おにぎりと食後のコーヒーが付いて2,000円 。 焼き野菜に目もくれず...

サッポロの旅 「時しらず」な虎次郎

イメージ
北の海産物の旬はこの時期に集中しています。 どこかで海鮮を食べるか思案していたら、 ビール園からドームへのタクシーの運転手さんが、 「根室出身のオーナーがやってる    回転寿司がいいよ」 と教えてくれました。 地元のタクシーに乗るって 貴重な旅の情報源なんですよね。。 「時しらず」・・・・ 時期外れの初夏にかけて沿岸に寄ってくる鮭。 夏に獲れる鮭は、産卵期の秋鮭と違って、 卵巣や精巣が成熟しきっていないため、 そっちに取られる栄養分が全身にいきわたって、 まるまると太って 脂がのるのが「時しらず」。 またの名を「デカ時」とも呼ばれるそうです。 訪れたのは前夜もお世話になった JRタワー 、 そこに 「回転寿司 根室 花まる」 があった。 日曜日ってこともあって待ち時間は60分。 でもお腹を空かせるにはちょうどいい感じ。 結構 タイガースユニを着ている人も待っていました。 是が非でも食べたかったのが 「ウニ」 。 道内では1月から6月までが羅臼で、 そのあと5月10日から8月31日までが 小樽での解禁の時期を迎える。 5月から6月にかけるとどちらも味わえるってこと。 このウニ漁は資源保護のため、 今年は1日4時間と決められています。 ウニは昆布を食べて育っているから、 小樽周辺の味の良い昆布の森が支えています。 小樽でとれる細目昆布は幅 が細身で粘りが強く、 とろろやおぼろ昆布に加工される良質のもの。 身は濃くオレンジ色のものは 漁場では 「赤」と呼ばれる「エゾバフンウニ」 。 「白」と呼ばれる「ムラサキウニ」 ってのも、 海水温の上昇で増えているそうです。 味は 「エゾバフンウニ」の方が濃厚 だと言われています。 昆布の旨味でもある グルタミン酸・アルギン酸 が豊富で、 ビタミンA、ビタミンB1、B2など肌を美しく保ち、 脳の働きを活発にする栄養素 を含んでいます。 ちょっとはカシコクなれたのだったら嬉しいですが。 こちらは 「北寄貝」 。 北寄貝はバイガイ科に属する二枚貝で 「ウバガイ(姥貝)」ともいいます。 寿命が30年近くあることから この名前がつけられたそうです。 「北寄貝」 というのはウバガイの別名 アイヌ語の「ポキセイ」が語源なんだそうです。 写真付で紹介されていたのが 「青そい」 。 メバルの仲間で 北海道のオホーツク海の 水深150m...

サッポロの旅 モエレ沼公園

イメージ
彫刻家 イサム・ノグチ が最晩年に手がけた 「モエレ沼公園」 を満喫してきた。 彼のマスタープランの策定が1988年のこと。 2005年7月のオープンなので、 当然のことながら彼は完成を見ていない。 でも最終打ち合わせで、 モエレ沼公園と 大通公園のマントラの模型を見せながら、 「これで私がいなくなってもできますよ」と、 ノグ チが笑いながら言っていたそうだ。 自分の存命中に完成できない計画で あることは 覚悟のことだったのであろう。 彼のサッポロへの訪問は芸術文化的事業に 力を入れていた札幌市からの依頼によるもの。 現地を訪問したが市が本命視していたのは 「札幌芸術の森」だったようだが、 当時「ゴミ捨て場」として姿を さらしていたこの地に あえて 関心を示したのだそうだ。  「ミュージックシェル」     前面が直径約15mのステージ。     パフォーマンスの舞台となる。     建物の内部には出演者のための     控室とトイレが組み込まれている。 「モエレ」って言葉は 「ゆった り流れる」を意味するアイヌ語。 沼は 同市を流れる豊平川の河跡湖 なんだそうだ。 「全体をひとつの彫刻と  みなした公園。  子供が作品と遊べる場所に」 これがノグチの デザインコンセプト。 カラフルな色合いの遊具が並ぶ 「サクラの森」 は、 エンピツのような LOFTの宣伝のような、 印象深いフォルムが満載。 ただスベリ台はあまりにもデザインがシャープなのか、 立ち入り禁止の表示が目立っていたのが少し残念。 「スライドマウンテン」 も一箇所しか滑れない。 実はこれによく似たのが サッポロの大通り公園にもある 「ブラック・スライド・マントラ」 。 黒御影石でできているそうです。 実物は時間の関係で残念ながら見れなかった。 この滑り台に黒花崗岩を選んだのは、 雪の白に映えるようにとの思いからだとか。 実は 大阪にもイサム・ノグチの作品 がある。 万博記念公園に残る噴水の一部 「月の世界」 は彼の作品だ。 モエレ沼公園に戻る。。。。 とにかく広いのでレンタサイクルでも かなりたっぷりと時間がかかる。 高さ30メートルの 「プレイマウンテン」 に続く石畳と ピラミッドを連想させる南側の石組みは すべて瀬戸内から運ばれた御影石。 2300トンぐらいを運び込んだのだという。 ノ...