大和郡山 豊臣秀長を辿る 郡山八幡神社


1585年(天正13)の秀長が郡山城築城、
城下町の整備で場所へ社地を
遷座・再建したのだという、
郡山八幡神社。

柳町の町作り完成により現在の
柳四丁目へ移ったと伝えられます。

御祭神は、
誉田別命、比売大神、気長足媛命。
柳八幡宮とも呼ばれていたとか、
鎮座は室町時代と伝わります。

本殿奥には郡山城の土塁が
現在も残っているとか…
ちょっと回り込めませんでした。

"グラブ神社"とも呼ばれていて、
実は奈良は野球のグラブ生産量が
日本一なんだそうです。

野球の上達祈願をはじめ、
さまざまな活動を行われていて、
チーム守備上達祈祷やグラブ祭り、
中古グラブを集めて供養・洗浄、
カリブやドミニカの子供たちに
贈るといった取り組みが
なされているそうです。

清和源氏、桓武平氏など
武家から信仰を受け、
"弓矢八幡"として崇敬を
集めていたそうで、
かつて武家の守護神として
崇められた八幡神のご利益が、
野球のサムライとしての
祈祷が行われるそうです。

こちら7月16日に行われる
神明祭と呼ばれる
夏の大祭でのお飾りだとか、
きっと金魚なんでしょうね。

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