1970EXPOユニコレ⑫ オランダ館


オランダ館ブルー、シルバー
そしてオレンジの三色で、
鮮やかに塗り分けられていました。
池から突き出た四本の塔に、
箱型のユニットを螺旋状に重ねた
積み木細工のような形状。
“特別な機会に誰かに贈る
 魅力的な小さな贈りもの”

イメージしたもの。

そしてブルーに塗られたのは、
海面より4.5メートル低い国
それを体感させるためでした。

映画「オランダの体験」が上映、
エンドレス映像であったのですが、
風車とチューリップを払拭、
近代工業国オランダの
現代の姿が表現されていました。。
製作監督はヤン・フレイマン
4階と5階の"鏡の間"に入ると、
歴史から見た日本とオランダの
関係を紹介されていました。

オレンジとシルバー・グレー
ツートンカラーのユニフォーム。
オレンジはオランダの
王家オラニエ家に由来しており、
Oranje の英語表記は Orange

人造リンネルを使ったミニの
スリーブレス・ワンピース、
背中で閉じる腰までの長さの
ジャケット、スラックス、スカート、
水を象徴するコバルト・ブルーの
ズック地のレインコートの5点一組。

フランツ・モレナールのデザイン、
アムステルダムの婦人服デザイナーだ。
オランダ館の建物と調和するように
考えられたもので、
ユニフォームがもっている
本来機能とは真逆なものだったのです。

ユニフォームらしくない
ユニフォーム
だから、
外に出たら見物人と同化して
紛れ込んでしまっていました。

ユニフォームらしく
見えないようにすること…
手軽さと実用性に重点が置き、
“自分の創意で着る服”
コンセプトだったのです。

チーフホステス
ヘンリエタ・ダイクストラさんは、
ハーグ生まれでライデン大学
法律を学んだ美貌と聡明さを
備えた女性でした。
オランダ外務省に務め、
東京 オランダ大使館に数年間在籍。

チーフホステスとしてホステス24人、
オランダ観光局の5人のオランダ女性、
エレベーター担当者の12人の
日本人女性の監督という
ポストをこなしたそうです。

気分や天候に合わせ組み合わせを
自由に楽しむことができ、
ある意味 合服と夏服の区別なく
オシャレなオランダ人ホステスにも
大好評だったという。

オランダ人ホステスの待遇は、
旅行費は無料、
アパート、保険、衣装付き。
月給は7万5,000円は、
当時としては破格の待遇でした。

300人が応募したが、
150人に絞られ、
30人が面接テストに残った。
中から選ばれた12人、
誰もが日本と日本語に
強い興味をもっていたそうです。



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