大和郡山 豊臣秀長を辿る 源九郎稲荷神社
「大和の大和の 源九郎さん遊びましょう」 という童謡が伝わる社、 神徳広大の 源九郎稲荷神社 。 天正年間(1573-1592年)に 豊臣秀長 が深く崇敬し、 郡山城築城の守護神として、 遠く 吉野川のほとり より 遷座したとのこと。 城主・町民にも信仰厚く、 盛大な祭典を執行し、 献納の品々が多かったと、 隣接する『 洞泉寺記録 』に 記されているのです。 祭神は 宇迦之御魂神 、 伊勢外宮・伏見稲荷大社の主神と同体 。 天智天皇 の白鳳年間に遡り、 寛平稲荷を祈って出陣したという。 明神はたちまち武人と化し、 数多の 白狐を遣い 、 天下は平静となったと…・・ 『大伴真鳥実記』巻八にあるとか。 源義経 も稲荷を深く信仰し、 そのしるしとして、 幼名" 源九郎 "の名を 贈ったという言い伝え。 『 義経千本桜 』は 二代目竹田出雲・ 三好松洛・並木千柳の合作ですが、 このことを知っていたのでしょうね。 千本桜の" 狐忠信 "というのは、 源九郎稲荷の化身 で、 九郎判官義経は信仰し、 しばしば奇異の戦功を挙げたと。 奥州に下られる訣別で、 幼名 源九郎 を贈られたのが 源九郎稲荷と称する所以なのです。 「義経千本桜」 の上演に際し、 俳優の 市川猿之助 さんらが 参拝に訪れられるそうです。 『洞泉寺縁起』にはこんな話も、 1615年(元和元)の大阪夏の陣の戦い、 豊臣方の 大野治房 による 郡山城攻撃が行われた際、城下も焼け、 その中心へと火が迫ってきたのを見た 洞泉寺住職 天誉和尚が 源九郎狐に祈願 したところ、 突然大雨が降り大火を免れたとも。 拝殿前の二匹の狐は宝珠と 巻物をそれぞれくわえており、 「宝珠に触れば金持ちになり、 巻物に触れば賢くなる」 といわれているそうで、 "巻物"に手を触れてきました。 源九郎ぎつねにちなみ、 春の大和郡山お城まつりでは、 白狐面をつけた子ども行列が 練り歩く「 白狐渡御 (とぎょ)」が 行われているそうです。