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大学をあるく② 関西大学 千里山C あすかの庭

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関大千里山キャンパスにある 「 あすかの庭 」。 (西壁 女子群像) 記念切手にもなった あの飛鳥美人に間近に 会うことができました。 1970年に古墳の調査が必要となり、 橿考研に発掘調査を依頼。 1972年よりはじまった発掘調査は、 関西大学の 網干善教 助教授(当時)を 中心とした関西大学と龍谷大学の 研究者や学生たちによるものでした。 壁画劣化はご存の通りのこと… 発見当時の姿がここでは観られます。 南壁の 朱雀 はこんな感じ… 盗掘孔 だと言われていますが… (東壁 男子群像) 発見の発端となったのは、 明日香村の村人が ショウガを貯蔵 しようと 墳丘南側に穴を掘ったところ、 奥で擬灰岩の四角い切石発見。 (東壁 女子群像) 1972年3月21日の 極彩色壁画発見につながりました。 (北壁 玄武) 四神の存在、 ボクが知ったのもその頃。 (西壁 白虎) 西は白虎だからと、 中高のツレとのスキーサークルに “ 白虎会 ”と名付けたのは ココカラ。 実は劣化が一番激しいのがこの白虎。 2004年6月20日付け「朝日新聞」に 大々的に報じられたことで… (東壁 青龍) 劣化が進みやすい 漆喰 に 描かれた壁画なので、 ほぼ一般公開なしだったのに、 かなり部分で絵の具が 落ちてしまいました。 雨水の浸入やカビの発生が 原因と言うのが理由?です。 展示室はドーム状の透明ガラス、 墳丘をイメージされています。 (西壁 男子群像) 明日香村 村長の快諾と 「 株式会社 便利堂 」さんの 協力で実現したものです。 便利堂さんとは美術展で 売られている美術絵葉書などを 手がけている会社さん。 (天井星宿のうち北斗七星) 博物館内には もうひとつの世紀の大発見、 「 藤ノ木古墳 石棺」(模型)も 鎮座していました。 このブログは「 高松塚古墳壁画再現展示室 」の ホームページを参考にしました。

大学をあるく② 関西大学 千里山デザイン

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校門をすぐ入ると「 円神館 」、 エンタシスの柱で支えられた建物。 16本もの柱で支えることによって、 円形建物の下にピロティースペース、 そこへ 立方体の箱 がいくつも。 鉄骨とガラスで作られた箱が ぶら下げられています。 もとは専門図書館の 1954年竣工、 1978年には蔵書スペース不足で ピロティ部分を一部書庫化。 その後「用途変更」され 情報センター に改造されました。 千里山キャンパスには、 村野藤吾設計 の建物が多いとはいえ、 最近までは村野の特徴をその後の キャンパスデザインに 活かしてくるのは、 難しかったようです。 関大のキャンパスには、 統一性がないとの声・・・ 村野さんは 「建物の外観デザインや様式によって  キャンパスに統一性を  与えようとはしなかった。  むしろ、それぞれの場所に適合した  建築をして多様性を持たせながら、  木々や地形などの環境要素を  維持しようと努めていた。」 建築が多様であって、 部分部分で出来上がっているかも。 関西大学が2014年に出された 「千里山キャンパス  デザインガイドライン」 にこうあります。 「旧い建物や設備を解体し  新しいものに 置き換えるだけの  一方向の 開発ではありません。 」 大地、自然、歴史的に形成されてきた 校舎群の持つ空間構造の価値を見出し、 学生のアクティビティに配慮しつつ、 自然との調和を目指されているとか。 「ブルドーザーを入れるのは   最小限にした 」と… 傾斜地で建物を建てるときの 村野さんの口癖だったそうです 「関西大学円神館」 →関西大学 I T センター 竣工 昭和39年(1964年) 設計 村野藤吾/村野・森建築事務所 構造 鉄筋コンクリート造3階建 

大学をあるく② 関西大学 関大のあゆみ

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「関西大学のあゆみ」のコーナー。 前身の「 関西法律学校 」は、 井上操、小倉久、堀田正忠らの司法官と 自由民権運動家の吉田一士によって、 1886年大阪京町堀の願宗寺において 設立と伝わります。 大阪控訴院長であった 児島惟謙 の胸像が、 簡文館の前にありました。 名誉校員として創立に参画、 監督的役割を果たしたと伝わります。 1928年築の旧図書館。 こちらも3階建て! こちらは卒業記念のオルゴール。 書庫のふたを開けると〜〜 学歌のメロディーが流れるとか… ようになっている。 こちらは 100周年ロゴとキャラクター。 大学ー学問ー知恵ぶくろ からくるとか、 「その透きとおるような  理知的な大きな目と  知識や情報を的確にとらえる  確かな耳に因んで、  若人のみずみずしい目と  耳で自分の生き方、  身の回りのものをみつめなおし、  肌で感じ、豊かな想像力を  学んでもらいたい。」とか… ただ単に「 フクロウ 」とか… 今だったたら「カン福ちゃん」とか、 ネーミングされていたかも。 関大といえば イワタマん 。 栄光の関大スポーツ史に 刻まれていました(・ω・)v

大学をあるく② 関西大学 千里山C 簡文館

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関西大学 千里山キャンパス に立つ、 円形型の建物。 円いという形態は ある意味関係したカタチ、 変更とか増築をすることは なかなか難しいものでもあります。 建物の名前は「 簡文館 」、 もとは図書館として建設。 広島の 世界平和記念聖堂 の 村野藤吾 さんの設計です。 「用途が変わるとそれに応じて、  必然的に改造を必要とするが、  それが難しい仕事になり、  無理を伴うことにもなる。  しかし一方、  円い建物は目立ちやすく  それ自体で  象徴性や記念性を持ちやすい。」 もとはもっと “ふんわり”と 高台に浮いていたような 感じだったそうです。 大規模な総合図書館の新設で、 千里山図書館は 1985年に考古学資料館、 1992年から 「 関西大学博物館 」に 役目を変えていました。 村野はこの大学の建築について、 こう述べていたそうです。 「マックスとして  学生の心理に影響するものは、  私なりに考えれば、  ソフトな壁の取り扱い」であり、 「光線を反射するような  面の取り方をしない  ということです。」 わざわざ粗面の セメントレンガ などを、 校舎の壁面に使っています。 時にはタイルの裏面の荒さを好んで、 わざと裏側を貼っていたりするのです。 廊下に使われている腰下壁も、 飽きのこないタイル面の 組み合わせが 実に絶妙です。 丸みの感じがヨス。 3階にはいると円形を感じます。 関西大学には 網干善教 さんという 考古学者がおられたこともあって、 大型埴輪がどーんと置かれていました。 円形ということで展示順路が 取りにくいのかしれませんが… ライティングのほのかな光が 落ち着きを添えていました。 青、緑、茶色の「 塩焼きタイル 」? によるモザイク装飾が彩りを添えます。 「塩焼きタイル」は、 まさしく釉薬に 食塩が使われています。 きめの粗いガラス状被膜が表面に、 塩焼きのことは別名 「食塩釉」とも呼ばれます。 円形は建物のなかの階段にも… 建物のエッジを 如何に ソフトに見せるか、 村野さんのこだわりが ここかしこにありました。 「関西大学 簡文館」 →関西大学博物館 建築年: 1955年(昭和30) 設計 : 村野藤吾/村野・森建築事務所  構造 : 鉄筋鉄骨...