粟田大燈呂のこと…
粟田神社の能舞台…
張り子の人形たちに
占拠されていました😁
パネルをみると・・・
粟田大燈呂とありました。
2008年に180年振りに
復興したのだそうです。
室町時代後期に記された
山科言継の『言継卿記』、
「粟田口の風流が吉田へ
罷り向かうということを
聞きましたので、夕方に
吉田へ罷り向かいました。
大きな灯呂が二十あり、
その大きさはおよそ
二間四方もあり…」
その復活を担ったのは、
京都造形芸術大学の学生さんたち。
「ねぶた」の原型とも言われ、
地域の方とワークショップを重ね、
地域活性化に繋がる交流の一つ。
これらは2020年のプロジェクトで
作成された2基の粟田大燈呂、
例年の2分の1寸法なんだそうです。
神大市比売命 カムイオイチヒメ、
大年神、宇迦之御魂神の三神。
神大市比売命の"市"には、
人々が安心して物々交換できる場所、
という意味があるという。
稲穂を抱え二頭の狐といるのが、
お稲荷さんの宇迦之御魂神。
手前に続くさらにミニサイズのは、
2018年実施の大燈呂…
京都造形芸術大学のHPより…
灯がはいるとこんな感じ。
因幡の白兎の物語のようですね。
恵比須さんの大燈呂
境内社に出世恵比寿神社に
ちなむものです。
永らく夷町に奉斎されていて、
明治になって粟田神社に遷座。
御神像は伝教大師の作と伝わり、
釣り上げた鯛を前にもち、
大きく口を開けて
お笑いになっているお姿。
巡行のときの大燈呂は、
京都造形芸術大学のHPより…
青蓮院の文書『華頂要略』には、
夜渡り神事のことが記されています。
「供奉に氏人灯篭をともして、
神輿に先行すること数百。
さまざまの造り物ありて
衆人の目を驚かすにより、
貴賎群集することおびただし。
誠に一大壮観なり。」
京都造形芸術大学のHPより…
コロナ禍が収まり学生たちと
地域の人たちのチカラが、
地域の人たちのチカラが、
結集されることを願っています。