1970EXPOユニコレ㉗ 松下館とタイムカプセルと和装


展示物としての
世界最初の"タイムカプセル"は、
1939 年の
ニューヨーク万国博覧会でした。
松下館 メイン展示物 の
"タイムカプセルEXPO '70"、
企業イメージに繋がる製品や
技術展示でなく、
壺状のタイムカプセルと
収納物を並べるだけ…

ちょっと長くなります…
1970 年4 月 16 日朝日新聞の記事
「各国の展示館とは対照的に、
 企業館はきわめて無国籍的である。
(中略)技術的・芸術的エネルギーが
 感じられる企業館はまだよい。
 しかし安っぽい
 “未来館”を自賛する館や、
 仕掛けばかりが仰々しい
 “宇宙旅行”が売りものの館は、
 いみじくも
 無国籍者の白痴性を露呈
している。」

今だと物議を醸し出す記事だが、
鉄鋼館、みどり館、
せんい館、リコー館、
タカラ・ビューテイリオンなどは、
"まだよいとする"ともあり、
相当なぶった切りです。

『観客がとらえた日本万国博覧会
 -実態調査報告書-』にある
万博開催後の来場者アンケートでは、
建築で最も印象に残った展示館」は、
国内館52 館のうち1位が松下館

パビリオンの設計を手がけたのは、
建築家 吉田五十八さんで、
天平の面影を伝える堂宇を中心に、
前庭には池を、周囲には竹林…
お手本は 奈良・中宮寺なのです。

池にかかった長い橋で建物に入ると、
ぼんやりとした照明のなかに
タイム・カプセルEXPO'70が展示。
鈍い金属色の球体の台座には
五千年後にひらく球 (たま)
の文字がみえ、
周囲の壁面には金箔が貼られ、
グラスファイバー原理応用の
"光の花"が幻想的に揺れていたと…

松下電器生産技術研究所が設計、
久保田鉄工の協力で製作されたもので、
海外のは機能的な砲弾型や扁平型だが、
"壺"を連想させる形状にしたのは、
日本の伝統文化の意匠を意識したから。
球形であることは内外圧が均一で、
構造力学的に最も安定したカタチ

収納物は広く一般に募集されました。
あなたはどんなものを
タイムカプセルに
残すべきだと思いますか?

"5000 年後の人類へ簡単な
 メッセージをお寄せください
"
人類の進歩と調和」を連想、
分かりやすくて魅力的なものに。

1970年「週刊少年マガジン」の
 表紙を飾った、
万博怪獣エキスポラ

タイムカプセルの発想は、
日本の「SF 作家クラブ2 0」によって
先行していたもので、手塚治虫さんは
エッセイ「未来への小包」で、
「…SF 作家クラブでは、
 「タイム・カプセル計画」というのを、
 一年来推し進めている。
 これはいうなれば
 未来への書留小包であり、
 いま日常使っているものを
 一個の容器に押しこんで密封し、
 地下へ埋めて未来まで
 保存しようという計画
だ。(中略)

 未来への小包といっても、
 どの程度の未来かという問題だが、
 最初の三百年後のつもりが、
 五千年になり、
 ついに十万年先に落ち着いた。
 考えてみれば、三、四百年先には
 まだ現代文明の
 名残が残っているだろうし、
 五千年ともなれば、
 なんらかの方法で
 過去を見透せるような
 器械が発明されているだろう

 といったものである…」

松下館の展示のハイライトは、
タイムカプセルの埋設でした。
"埋葬式" は万博終了後のこと、
EXPO70の期間そのものこそが、
埋設する前の状態が一時的に
展示されていることになり、
これから始まる
タイムカプセル・プロジェクトで、
実物を見る最後の機会でもありました。

初期段階で計画されていたのは、
エレクトロニクスと
 マンモスカラーテレビ
」。
そこにストップをかけたのが、
松下幸之助さんの談話、
日本万国博はあまりにも
 コマーシャルベースの傾向が強く、
 出展の在り方に問題がある

1967年7 月20 日に出されたもの、
案は変更され毎日新聞より提案のあった
タイムカプセルがふさわしいと判断。

1965年12月 日本万国博協会会長
松下幸之助さんの就任が決定、
翌年9月に万国博対策事務局が
設置となって加速していきました。

日本の伝統美を強調する松下館
そのコンセプトに調和させ、
古典的で伝統的な美しさをもち、
しかも近代感覚を盛り込んだ
和服をホステス70人全員が
着用
することとなったのです。

ユニフォームのデザインは、
和服のデザイナーとして
権威のある大塚末子さん。
日本調を生かしながらも
若々しく品があり、
清潔なムードを十分に
取り入れた着物をめざしました。

だが、着物ほどユニフォームに
適さないものはない

着付けがむずかしく時間もかかる。
しかも着崩れがする。
そして脱いだあとの整理保存に
手間がかかる。

思い切って着物はツーピースに…
上下はセパレート、
帯も前と後ろに分けた
ことで、
簡単に着用できた。
時にして西陣のあざみ工芸製の
白地に金の向い鶴歩
織り出した陣羽織をはおる。
見た目は純日本調だけど、
先端的な "ユニフォーム"でした。

着物は矢代仁
色無地のちりめん綴子
松下館内部の色彩にマッチする
曙色と明るい黄色の二着で、
奈良 正倉院御物
復元である伝統的な
緑色モール昌花
織り出した作り帯。

髪形も和風であるものの
ややショートで可愛らしく、
アクセサリーに銀色の元結

盛夏用は涼しさを出すために
秋の七草を全体に染めた…
布地は透けずにしかも
さらりとした白薩摩でした。

もともと大阪城天守閣前にあって
大阪市立博物館の常設展示だった
タイムカプセルは、
2001年開館の大阪歴史博物館に。
NHKホールとも連結された建物の、
大阪城を臨む馬場町の交差点の角に、
ガラス張りで展示されている。
展示コーナーなので入場券いらず、
誰でも近づくことができます。
埋設された2号機と1号機は、
大阪城天守閣の南側へ。
2000年11月に2号機が点検され、
埋め戻されました。
2号機の次回開封は2100年
1号機は6970年まで眠ったままに。
タイムカプセルに関するグッズは
さまざま存在していて、
これはカプセルを金属で造り、
銀メッキを施したものを
クリアなアクリルで封印
オルゴール付のタイムカプセル

カラーテレビの景品モデル、
"ナショナルパナカラー"とあります。
販売強化に繋げられました。
開くと松下館のミニチュア、
松下幸之助のミニチュア本、
道をひらく」が収められています。
こちらタイムスリップグリコ
当時モデルのビデオカメラがつく。
二重蓋になっていました。
こちらは守口市にある
外部展示ですがミュージアム内から
ガラス越しで見ることができます。


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