大倉集古館をたずねてvol.2 震災、戦災をくぐりぬけて


館にはいると出迎えてくれるのが、
《如来立像》で集古館の
象徴ともいえるものです。
再開館後、最初の事業として
収集されたもの
で、
総高3mを超す砂岩製の巨像で、
全体に赤褐色系の彩色が残ります。
頭部に肉髪を表し、螺髪ではなく、
波状の毛筋を刻んでいます。

(公開当時の新聞記事)

東京帝国大学の関野 貞 博士によると、
「この石仏こそ現在知られている
 石仏中世界最古のもので、
 恐らく今より1500年前
 慕容垂の後燕時代のものと
 推定されたのである。」


中国・北魏王朝末期頃の制作、
光背の正面、側面、背面に
多くの銘文を刻まれています。
北平(現在の北京)来遊中の
フィラデルフィア博物館の
ジェーン博士が買収する
交渉を進めていたところ、
関野博士が
「東洋の絶品を
 米国に持ち去られるのは残念」
と、
紹介された大倉喜七郎が買取、
大倉集古館の所蔵なったものです。

こちら創立当初の大倉集古館を
描いたものです。

関東大震災直前の写真と符合します。

現在の集古館の玄関前に
出たつ寄木造りの金剛力士像、
鎌倉~室町時代のもので、
古い収蔵品目録の一番はじめに
載っている作品だそうです。

罹災後に修理し活用された
収蔵品も少なくありません。
関東大震災で大破したのですが、
帝室技芸員であった
新海竹太郎氏によって
修理された石造《獅子》。
5世紀頃に中国で造られたとされ、
『三国志』曹操の家に
置かれていたという説もあるとか。

《洞窟の頼朝》前田青邨
 1929年 重要文化財

前田青邨が描いた
近代歴史画の代表作品で、
1930年(昭和5)にローマ開催の
日本美術展覧会に出品されました。
日本画壇を代表する日本画は
168件が出品されたのですが、
大倉喜七郎の援助で実現。
この《洞窟の頼朝》をはじめとし、
諸名家の力作を所蔵されています。

地下のミュージアムショップの
エリアにある《韋駄天立像》、
中国 清時代(17-18世紀)に
造られたもの。

《怖畏金剛像》
ふいこんごうぞう
中国・清時代(17~18世紀)

2階にはテラス

《達磨太子坐像》
 中国・清時代(17-19世紀)



屋外にも





《五重塔》重要美術品
 京幾道利川郡郷校前廃寺址
  (現大韓民国)伝来石造
 朝鮮・高麗(11世紀)

《龍頭》
 中国・明時代

《八卦文鼎香炉》
 中国・清時代

《石羊》
 朝鮮・朝鮮時代

《文人石》
 朝鮮・朝鮮時代

次回特別展「祈りと救いの美」を
紹介します。

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